再び国道に出て、今度は本島南部の西側から那覇方面に向かうことになりました。
糸満市内の町中を抜け、北へ向かってタクシーは走ります。
東シナ海を西側に見ながら移動中、突然Tさんがぽつり。
「このあたりにはね、隠れた名所があるんですよ。いや、名所ってい
う言い方はまずいかも知れないけど、出るところがあるんですよ。」
「出るって、何がですか。」
「え、あれですよ。オバケ・・・。」
「・・・。むー。まあ、戦争でたくさん亡くなってるから、当然と言
えば当然ですけどね。で、どんな感じに・・・。」
「もうすぐ見えてきますよ。道路の左側に、見た目は普通のマンショ
ンなんだけど、夜になると出るらしくてね、なんでも兵隊の格好をし
た血まみれの人が立ってたとか、うめき声が聞こえるとか、いろいろ
あるらしくてね。このあたりはマンションとかが少ないから、最初は
たくさん入居したんだけど、そんなことが続くもんだから、入っても
すぐに出てしまうんですよ。ああ、これこれ、このマンション。」
確かに見た目は普通のマンションでした。で、一階か二階に洗濯物が干して
ありました。入居してるんでしょうかね?
「なんか洗濯物干してましたよ、だれか入ってるんじゃ・・・。」
「ああそう。でもよくもって一週間だろうね、相当すごいらしいから。」
「・・・・。」
「それじゃ、次、どこいきましょうか。海軍壕とかいいんだけどね。そ
っち行きましょうね。」
「はい、まかせます。」
田園風景から、次第にビルの数が増えてきます。再び那覇市内に入ったよう
でした。そして、車に揺られる内に、フロントガラスに水滴がぽつりぽつり。
少し雨が降ってきたようです。ふと空を見上げると、先ほど見た入道雲の下
の方に入り込んでいました。
「少し曇ってきたね。さっきの入道雲の真下に居るんだろうかね。」
「うん、そういうことになりますかね。」
たわいもない会話を続けながら、町中を走ります。いつの間にか、国道から
ほそい路地に入り、右へ左へ曲がります。
「海軍壕へ行っているんですが、ここはわかりにくいところなんで、
タクシーで歩いてこないと、なかなかたどり着けないところですよ。
はい。つきました。ここから料金所まで案内しますから、そこから
入りましょうね。ここは、料金が○○円出ますから。私は下の方の駐
車場でいますから、そこでまた会いましょうね。」
もうこのころには、沖縄流言い回し、そしてイントネーションには慣れっこ
になっていました。Tさんの言葉を即座に理解し、料金所へ向かいました。
戦争映画などで、よく要塞というものを見ますが、そのまんまの形をしてい
たのには驚きました。下の写真をご覧ください。
まあ、おおよそこのような通路が迷路のようにつながっていて、その所々が
広くなっており、その中に、司令官室、医務室などがあったようですが、その
説明文の中では、白兵戦の状態ではもうそのような取り決めが意味をなさなか
ったということです。戦闘の方法も、中世頃の2次元的な手法から、今日行わ
れている3次元的な手法への過渡期であったことをうかがわせました。
いろいろ考えされられながら、出口に向かうと、冨間さんが外で待っていま
した。
「どうでしたか。」
「うーん、いろいろ考えされられることばかりですね。」
「そうですか。じゃ。そろそろ約束の時間が迫ってきましたけど、ど
うしますか。」
「(このとき、午後4時過ぎ)そうですね。いまからまた次、といっ
ても、もう無理かな。じゃあ、この辺で打ち止めにします。」
「そうですか。」
「そうそう、晩ご飯をまだ食べていないんですが、どこかおいしいと
ころご存じですか。」
「おいしいところね。そうね、まずいえることは、観光案内に載って
いるところって、2流なんですよ。」
「え、それってどういうことですか。」
「要するに、おいしい店は、宣伝なんかしなくてもお客さんが集まっ
てくるんですよ。けど、そうでないお店は宣伝しないとお客がこない。
それと、いい店っていわれるところは、観光客が来るのを嫌う店が
あってね、だから、そういう店に行くときは、よそ者って悟られない
ようにしていくのが一番です。観光客ってわかった瞬間に門前払いを
食らうことも多々ありますよ。」
「うーん、以外だな。けっこう閉鎖的な部分もあるんですね。」
「まあ、よほど目に余ることをしなければ、そんなこともないでしょ
うけどね。飲んで大声出して大騒ぎするとか・・・。」
「ああ、そういうことね。そんなことしないから大丈夫ですよ。」
「じゃあ、私が知っているとっておきのお店に行きましょうね。ただ
し、ここのお店も地元の人しか来ないから気をつけてくださいよ。
よほど下品なことでもしない限りは、追い出されることもないでし
ょうから。ただ、お客さんの中には、観光客ってわかると、絡んでく
る人もいますから、そんな人は無視してくださいよ。」
「ああ、はい、わかりました。」
「じゃあ、行きましょうね。」
そして、私達が案内されたところは、仕事の行き帰りにいつも通っている、
泡瀬町内の通りにあるこじんまりとした店でした。
「え、ここですか。」
「はい。そうです。けど、どうかしたんですか。」
「いや、ここって、いつも仕事の行き帰りで通っている通りなんです
けどね、ここっておいしいんですか。以外ですね。そのうち寄ってみ
るか、とか話をしていたところなんですよ。」
「ははは、まあそんなもんですよ。」
「じゃあ、ここで降りすますんで、どうも今日一日ありがとうござい
ました。また今度沖縄に来ることがあったら、Tさんを指名します
から。(^^)」
「そうですか。じゃあ、ここでメーターを止めましょうね。ところで、
足がないと思うんだけど、お店から宿舎まではどうするんですか。」
「え、ああ。また別のタクシーを拾いますよ。」
「そうですか。どうしようか、待っていてもいいけど、予定の時間を
過ぎてしまうし・・・。じゃ、私がタクシー代出しておきましょうね。
ここから中城湾港まで○○円ぐらいだから、500円出しておきま
す。」
このときのTさんの行動は、本土に住む者からすれば、理解しがたいこと
でした。けど、この心の寛容さ、これこそが沖縄に引きつけられる魅力なのか
もしれません。
「けど、Tさん、それってあべこべじゃ・・・。」
「いいから受け取ってください。私も今日一日楽しかったから。」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えていただいておきます。では、
今日一日どうもありがとうございました。(^^; じゃないですね。
いっぺーにふぇーでーびる。あんしぇ、ぐぶりーさびら、ですね。」
「ははは、マスターしましたね。(^^) じゃ。気をつけて。また沖縄
に来てください。じゃ、ぐぶりーさびら。」
このときの私の気持ちを率直に言えば、もっともっと話がしたかった。もし
許されるなら、泡盛でも酌み交わして一晩中語り合いたい気持ちでした。
あまりにも短い6時間。今すぐにでも引き留めたい気持ちを抑えながら、T
さんを見送ったのでした。
(続く)
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