旅のお話その33





      このときの私の気持ちを率直に言えば、もっともっと話がしたかった。もし
     許されるなら、泡盛でも酌み交わして一晩中語り合いたい気持ちでした。
      あまりにも短い6時間。今すぐにでも引き留めたいという気持ちを抑えつつ、
     Tさんを見送ったのでした。   

      青地ののれんをかき分け(藍染め風です)、少しくたびれた木製の格子戸を
     開けて中に入ります。      
 
      「いらっしゃいませ〜。」

      何の代わり映えのしないもてなしの挨拶を聞きながら、三人で座る席を物色
     しました。
 
      ああ、忘れていました。店の中を説明しましょう。
      入ってすぐ左側に、4人掛け、2人掛けのテーブルが計4個ほど置かれ、そ
     の奥は座敷になっていました。また、正面奥はカウンターになっていたように
     思います。向かって右側は厨房だったかな。店の名前が思い出せたらいいんだ
     けど、思い出せない。
     (たしかカルビ大王の近くだったと思うんですけど)
      一日中歩いていたこともあって、足が疲れていたので奥の座敷に座ることに
     しました。すると、すわって5分もしないうちに若い店員のにーにー2人がこ
     ちらを指さしなにやらひそひそ。横目でにーにーを見ながら先ほどのTさん
     の話を思い出し、なにやらイヤな予感がしてきました。
      そして、にーにーは、私たちに近づいてくるやいなや、
     
        「あのー、ここ予約席なんで、向こうのテーブルに移ってもらえません
        か。」

      ふふん、早速来たな、とおもいきや、他の一人が苦情を言いかけました。あ
    ぃ、うりゃでーじんでぃ思てぃ、その苦情をさえぎり、
        
        「ああ、すみません。予約席だったんですか。向こうのテーブルですね。
        すぐにそっち行きますから。(ひじうちしながら他2名に)ええでぇか。
        向こういかんかだ。どぅってことないでぇ。」

     と、わったーどぅしんかいん阿波弁ぅちこてぃ、店員さんには沖縄イントネーシ
     ョンで返したのは言うまでもありません。
      勿論、無用なトラブルを避けたかったからですけど。他2名、むっとしてま
     したが、ここは我慢我慢。Tさんのさっきの話は本当だな、と噛みしめたわ
     けですが。仲間をなだめながらテーブルを移ります。

      しばらくすると、再び店員がきて注文を取り始めたわけですが、一種独特の
     言い回しがあることはもう充分わかっていましたので、言葉を選びながら注文
     します。

        「えーっと、キリンとかアサヒありますか?」
        「いえ、オリオンしかないんですけど。」
        「ああそう。じゃオリオンにしようかね。生ビール3つと、あとね、豆
        腐チャンプルーと、ラフチー(これはワザと言い換えた)御願いします。」
        「?(怪訝な表情になり)ラフティーですか。」
        「ん? はい。ラフティーです。」
        「(当惑したような表情で)では、3点でいいですね。しばらくお待ち
        ください。」

     (店員さんには悪かったと思います。私は、3人で話しているときは阿波弁でし
     ゃべり、店員さんには覚えたばかりの沖縄なまりを少し交えてしゃべりました。
      「はいさい」と話しかけられて当惑したときのTさんの表情と、店員である
     彼の表情が同じものだったのです。たぶん、阿波弁を早口でしゃべる私達の会話
     が十分聞き取れていなかったものと思います。それが証拠に何度も聞き返してい
     ました。しかしながら、そのくせときどきうちなー標準語になったりする。彼に
     は奇異に聞こえたことでしょう。)

      オリオンビールを飲みつつ、突き出しの枝豆をかじりながら我々もひそひそ。  

        「やっぱりやらぇたな。たぶんすぐぃわかるんちゃうで。よそもんて。」
        「だろな。けど感じ悪いやっちゃな。」
        「まあ、がまんしよだ。わっしゃはよそもんじゃけん、しゃあないって。
        国際通りのそばや行ったときもほぅやし、Tさんもいぃよったけど、た
        ぶんわいやがいようこといっちょもわかっとれへんけんな、こてこてでし
        ゃべったらちょっとびゃあ不都合なことゆうたっていけるって。わかれへ
        んわ。」

      まあ、おおよそ我らも本音の会話をしていると、なにやら髭をはやした小太り
     の親父他数名がどかどかと入ってきました。雰囲気の違う我らを見て、じろじろ
     と見ながら奥の座敷にどすん。
      ああ、予約入れていたのはあの親父一行か、と思いながらひそひそ話をしてい
     ると、周囲の人間がその親父に話しかけます。するとその親父、なにやら急に不
     機嫌になりなんだか怒っているようです。最初何を言っているのかわかりません
     でしたが、どうもさっき我々がすわったその席は、親父の特等席だったようで、
     そのことを同じシマの者が言ったから、席を取られたと思い、機嫌が悪くなった
     のでしょう。
      その大声で、店員がこそこそと私のそばへ来て、肩をとんとん。

        「はい、なんですか。」
        「あの、注文のことですが、さっきのであってますかね。」
        「(目配せしながら)ちょっとこっちへ来て確認してくれませんか。」
        「え、ここでもできるでしょ?」
        「(店員、親父の方を一瞥し)奥で御願いできますか。」
        「(この時点で私もピンときて)はい、わかりました。」

      席を立ち、その親父から見えないところへ来ると、その店員曰わく、

        「さっき奥の席で大きい声出していた人、知らない客が来るとああやっ
        てすぐに絡むんですよ。挑発に乗らないでください。あの人あそこの席
        にすわらないと機嫌が悪いんですよ。相手にしないでください。相手が
        無反応だとすぐに静かになりますから。」

     いや、まさかこんな事になるとは思いませんでした。知らん顔して席に戻ります。

        「なにえ、注文がどうのこうのって。」
        「ちゃう、奥の親父ってすぐんからむけん相手すんなって。」
        「なんな、ほんなんか。たっすい。」
        「あぁ、どこにでもおるわだあーゆーやつ。無視無視。」

     親父はさっきからなにやらいがってます。けど私にはよくききとれませんでした。
     しかし、平和通りで試そうとしたこと、つまり、地元の人がしゃべる言葉、これ
     が今私の耳に届いているのです。

        「うりひゃー、ぬーひさまんが。くまんわったーしまやが。」
        「っいゃ〜。ぬーそーんなや。ちこぃねーらんがや。くぬひゃー。」
        (たぶんこんな感じです。)  

      しかし、いっこうに無反応の私達を見て、その親父、かなりトーンダウン。
      周りの人間は、その親父が誰彼かまわず怒る様を見て楽しんでいるのでしょう
     か、隣の席の人に肩をたたかれ、泡盛を勧められて、ぐい飲みに口を付けるやい
     なや、とたんに静かになりました。

      そうこうするうちに、注文の品が出てきたのですが、一口食べて驚きました。
      これが本当においしいのです。
      まず、チャンプルーですが、あまりの苦さに顔をしかめるゴーヤー。かなり噛
     み続けないと、あの苦みが出てこない。そして、その味付けです。少なくとも、
     黒砂糖(クルジャーター)と、古酒(クース)、そして味噌あるいは醤油を使っ
     ているのはわかりました。そして、脂(アンダ)は胡麻? 豚(ウヮー)だけで
     はなさそうです。ラフティーも然り。
      見た目の脂身の厚さとは裏腹に、適度に脂肪が抜けて絶妙のバランス。
      とにかくその美味しかったこと。あとでわかったことですが、このほかにみり
     んと昆布だしを使っていることも知りました。

      よく沖縄フリークのホームページで見かけることですが、チャンプルーを作っ
     てみたけれど、沖縄で食べたものと同じ味が出ない、というものがあります。そ
     れもそのはず、あれはクルジャーターとクースと沖縄味噌の味なんですね。しか
     もプロが作っている。だから、沖縄に比べ気温が低い本土で生産された調味料で
     素人がいくら同じ味を出そうとしても、それが出ないのは当然。

      そうこうするうちに、別のお客さんが来店。今度は背広を着た中年のおじさん
     と、これまたスーツを着た同年代のおばさん。(といっては失礼かな。どこかの
     会社の同僚のようでした。)
      ちょうど私達とすぐとなりの席に座って注文の品を決めています。そして、店
     員に2、3点の品を注文した後、二人の会話が突然変化しました。

      ・・・・・。何言っているのかまったくわからない。

      わずか2メートルの距離で、少し小声でしゃべっているが、まったくわからな
     い。・・・。そう、これだ。これなんだ。私が聞きたかったのは。しかし、どう
     にもまったくわからん。国際通りで聞いたオバァの会話など比較にならない。こ
     れが沖縄語か・・・。

      仲間とのゆんたくなど上の空。私の神経は、うちなーぐちでしゃべる隣の二人
     に集中していました。
      そう、私は本物のうちなーぐちを今聞いているのです。いずれ消えゆく運命に
     ある稀少言語かもしれませんが、いま記憶にとどめておく価値はありそうです。
      と、思いながら聞き耳を立てているうち、こちらの気配に気づいたか、私の方
     をちらちら見たかと思うと、さらに声が小さくなり、ひそひそ、ぼそぼそ。おい
     おい、それじゃ聞こえないよ〜、なんて思ってると、ご飯を食べ終わるやいなや、
     すぐに帰ってしまった。ちっ。残念。

      すると突然、注文した覚えのないビールが数本、私たちのテーブルへ。頼んだ
     覚えがないので店員さんにそのことを伝えると、なんでも先ほどの髭親父からの
     進呈だとのこと。これがわからないんだよな。この気質が。まあ、しかしながら
     するべきことはしなければと思い、あいさつをし、お礼を言ったことは言うまで
     もありません。すると親父、「いいからいいから。」と、遠くからにこにこ顔。
      さっきまでぷりぷりおこってたのになあ。
      どうもこのあたりが本土感覚とは違うところなんですよね。我らメンバーの1
     名が、親父にお酌をして、とりあえず機嫌取り・・・。旅先でのトラブルは御法
     度ですからねぇ。
      でも沖縄料理って、こんなに美味しかったの? また新たな疑問を抱え、それ
     とトラブルを避けるため長居は無用と考え、満腹の腹をさすりつつ、店をあとに
     しました。タクシーに揺られながらもさらに一考。

      さしあたって当面の問題は・・・。
      沖縄語って、結局どんなことばなんだろう。そして沖縄の文化。これを極める
     までは、この旅、おわりそうにありません。ハイ。
      
    


                                    (終わり)

                     
    
  
 


 

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最終更新日 2001.11.24