旅の話その15





    慣れない土地で緊張が続き、不覚にも居眠りをしてしまいました。もちろん、私だ
   けではなく、他の者もうとうととしています。

    そんな状態がしばらく続きました。ふと時計を見ると、もう四時あとです。

     「もーそろそろ帰るで。」

   というと、皆も同意見でした。
    三越の一階まで降りて、外に出ます。ドアに手をかけ、開けたとたん、強烈な熱気。
    そして、ひとたび身体を外界にさらすと、またもや強烈な熱線のシャワー。さっき飲
   んだジュースが汗になってしたたり落ちます。

    さて、タクシーを探さないと、等と考える間もなく、私たちのそばをタクシーが歩い
   ていきます。そのうちの1台を拾い、乗り込みました。

    本当は、時間には十分余裕もありまして、夕食も国際通りで食べようということだっ
   たんですけど、沖縄の熱さをなめていたこともあり、予想外の熱疲労に完全にノックア
   ウトです。

    ここは灼熱の太陽光線からいさぎよく引き下がり、体力の温存、回復を考えた方が良
   さそうでした。

    帰る途中、タクシーの運転手さんとまた会話です。

      私   「あついですねえ〜。」
      運転手 「・・・・そうですね。」
      私   「いつもこんなに熱いんですか。」
      運転手 「・・・・そうね。まだましなほうかな、今日は。まだ涼しい方かな。」  
      私   「はあ? そうですか・・・。ずっとこんな感じですか。」
      運転手 「・・・・そう、こんな感じたね。」

    いい加減熱いと思っていたのに、まだすずしいほうだとのこと。言葉を失いました。い
   やはや参りました。もう降参です。
    そうするうちに、宿舎が見えてきました。

    「今回乗ったタクシーの運転手さんは、無口な人で 余りしゃべらない人だな。話しか
    けてもなんか返事が遅いし・・・。」

    そう思っていたのですが・・・。

    中城湾港に入り、交差点を左に曲がり、もうそこまでというところまで来たとき、後に
   乗っていた同僚が運転手さんに話しかけます。

     「ああ〜。ほこでとまってくれるで。」
     (あ、そこで止まってくれますか。)

    案の定、無反応です。さっき、温度のことを聞いたときも返事がワンテンポ遅れていた
   ・・・。どうも理解できていない様子です。で、すかさず、考えていたことを実行してみ
   ました。

    私は、蚊が鳴くような小さい声で、

      「いぃ〜、ここでぃとぅめれー。」

   と言ったのです。

    すると、猫背でぼーっとした感じの運転手さん、その言葉を聞くやいなや、ぴーんと背
   筋が伸び、どーんと急ブレーキ。この反応速度、0.3秒くらい。アイルトン・セナ並み
   の反応速度だよ。

      「うわぁ〜!」

    突然の急ブレーキでみんなびっくり。助手席に乗っていた私は、ダッシュボードで顔を
   打ちそうになりました。
    そして、

      「はい〜っ、つきましたっ!」

   と、運転手さん。 
    そりゃ着いたんだけど、ちょっとブレーキの踏み過ぎだってば。そう思ううち、さっき
   とはうってかわって、なんかおどおどした感じで、あわててメーターを止め、

      「○○円です。」

    私がお札を渡すと、運転手さん、まだあわてた様子で、お釣りを手渡してくれました。
    このとき私は、運転手さんにうちなーぐちで、「ありがとう」と言おうと思ったのです
   が、ど忘れしてしまった。
    しかたなく、あわてた様子の運転手さんに、

      「ありがとうって、うちなーぐちでなんていうの。」

   と聞いたのです。すると、運転手さん、緊張した面持ちから、一瞬唖然とし、そしてにっ
   こりと笑って、

      「にふぇーでーびる。」

   と教えてくれました。
    このときの表情は忘れることはできません。そば屋のおばちゃんも、市場のおばあも、
   何かしら緊張した面持ちだった。この運転手さんもそうだった。けど、私が方言のことを
   聞いた瞬間に、その緊張がとけ、何ともいえない優しい笑顔になったのでした。

      「にふぇでーびる、ですか。じゃ、どうもありがとう。にふぇでびる。」

    運転手さん、ほんとうにうれしそうだった。お国言葉で話をすることがこれほど効果を
   発揮するとは思いもよりませんでした。
    そして、タクシーから降りるとき、

      「にふぇでーびる。あんせ、ぐぶりさびら。」

   と言うと、運転手さん、黙ってにっこりと笑い、うなづいてくれました。

    その様子を見ていた同僚が、私に話しかけます。

      「おい、いまなんていうたん。」
      (おい、今何と言ったのか)

    私は、
 
      「いやいや、沖縄の方言で、どうもありがとう、では失礼します、って言うたんよ。」

   と回答しながら、タクシーの方に振り返りました。すると、運転手さん、運行記録を付けて
   いましたが、いまだ顔はにこにことして、決して作り笑顔でなかったことがわかりました。

    とりあえず、ここで、第1回うちなー探訪は終わりです。

    だ、でも、でーじちかれたやいびん。とにかく宿舎にけーそーち、はやさゆくいびら。あち
      ゃー、またしくちやいびん・・・。
    あちゃー休憩時間ぐぁ、今日一日ぬ反省会さびらな。
 
 

(続く)



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最終更新日 2000.10.06