旅の話その6





    はいさい。

    みんなと別れて一人で国際通りを歩き始めました。距離はタクシーの運転手
   さんの言うとおり、確かに短いようです。端から端まで歩いても30分ぐらい
   ですか・・・。

    土産物店が主体で、ところどころ、旧来からあると思われる飲食店もあるよ
   うです。が大半は、観光客相手というところかな。横道にそれると、小売店が
   林立している。(平和通り、市場通り)

    何事も予習とは大事な事であって、観光客が集まるところとはいえ、店にも
   ピンからキリまである。そう、ぼったくりなんてものはどこにでもあるのです。
    予習をしていない私は、店には入らない。間口の広いところは何歩か足を踏
   み入れるものの、定番通り、店員が近づいてきても、すぐに体をかわす。
    商売については私はずぶの素人、さしで勝負すれば(要するに商談のこと)
   負けるのは目に見えている。はて、良い店とはどれなのか、等と考えつつ、引
   き子の誘いをかいくぐりつつ、町並みを闊歩するのでした。

    歩いているうち、なんかでっかい狛犬を見つけました。

    「ほう、こんなものがあるのか。狛犬の下に”国際通り”と刻んである。ま
    あとりあえず写真でも撮っておこうか。」

    その狛犬、うちなーんちゅにすればごく自然な生活の風景でしょうが、本土
   から来た私にすれば、神社でしか見られない代物です。
    (後にこれが「シーサー」という名で、守り神であることを知るわけですが)
    周りからみれば、私は完全な観光客だろうなあ、と思いつつ、狛犬の横を歩
   きながら、先ほどのそば屋での会話を思い出していました。

    すでに疑問点はいくつか生じていました。 

    本土で言う「すみません」とか「ごめんください」は通じないのか、それ
   ともイントネーションが違うのか。はたまた本当は方言でしゃべっているか
   ら標準的な言葉は理解しがたいのか。
    いや、そんなはずがない。普通に受け答えしていたぞ。私がぺらぺらと標
   準語で「お勘定・・・」といったとき、なぜあのおばさんは眉間にしわを寄
   せ、私の顔をじっと見つめたのか。観光客がご当地の言葉でしゃべるのはし
   かたがないこととして、こっちはあえて万国共通の標準語をしゃべっている
   のに・・・。
    なんだか様子が変だ。まるで何かを隠しているみたいだ・・・。
    沖縄の人はいったい何を気にしているんだ?
    でも、確かにおばさんとねーねーは、臆することなく我々の前で、沖縄の
   方言で話していたぞ。
    しかしかなり標準語に近かった。そんなもんじゃないだろう?
   「来た。来たの?」・・・。なんでしつこく聞くんだ? 来たに決まってい
   るじゃないか。そのときねーねーはおばさんに、本土は行くと来るが逆と言
   っていた。
    するととたんにおばさんは納得していた。でもそのあと「首里に来るなら
   ・・・」。これはいったいどういうことだ。言葉の使い方が違うのか? ま
   さかそんな・・・。同じ日本だぞ。
    あのタクシーの運転手の言い回しといい、絶対何か変だ。これは気をつけ
   ないと、地元の人とうまくコミュニケーションがとれないかもしれない・・・。
    くそ〜。考えれば考えるほど頭の中はトロイの迷宮みたいになってくる。
    でも悲しいかな。絶対的な情報量が少ないから答の出しようがないよ。
    ようし、とりあえず地元民同士の会話を聞こう。こんな表通りでは無理だ。
    裏通りへ入ろう。

    そう思った瞬間、私の足は、自然と裏通りの方へ向いていたのでした。私
   はアーケードのある商店街に入り、奥へ奥へと足を進めていったのです。

(続く)



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最終更新日 2000.08.14