このときのわいの気持ちを率直に言えば、もっともっと話がしたかった。もし
許してくれるんやったら泡盛でも酌み交わして一晩中語り合いたい気持ちでした。
あまりにも短い６時間。今すぐにでも引き留めたいという気持ちを抑えもって、
Ｔさんを見送りました。
青地ののれんをかき分けて（藍染め風です）、少しくたびれた木製の格子戸を
開けて中に入ります。
「いらっしゃいませ〜。」
何の代わり映えのせんもてなしの挨拶を聞きもって、三人で座る席を物色しま
した。
ああ、忘れとった。店の中を説明しよな。
入ってすぐ左側に、４人掛け、２人掛けのテーブルが計４個ほど置かれとって、
ほの奥は座敷になっていました。ほれから正面奥はカウンターになっとったよう
に思います。向かって右側は厨房やったかな。店の名前が思い出せたらええんや
けど、思い出せん。
（たしかカルビ大王の近くだったと思うんじゃけどな）
一日中歩いとったこともあって、足が疲れとったんで奥の座敷に座ることにし
ました。ほしたらすわって５分もせんうちに若い店員のにーにー２人がこっちを
指さしてなんやらひそひそ。横目でにーにーを見もってさっきのＴさんの話を思
い出して、なんやらイヤな予感がしてきました。
そして、にーにーは、私たちに近づいてくるやいなや、
「あのー、ここ予約席なんで、向こうのテーブルに移ってもらえません
か。」
ふふん、早速来たな、とおもいきや、他の一人が苦情を言いかけました。あ
ぃ、うりゃでーじんでぃ思てぃ、その苦情をさえぎって、
「ああ、すみません。予約席だったんですか。向こうのテーブルですね。
すぐにそっち行きますから。（ひじうちしながら他２名に）ええでぇか。
向こういかんかだ。どぅってことないでぇ。」
と、わったーどぅしんかいん阿波弁ぅちこてぃ、店員さんには沖縄イントネーシ
ョンで返したのは言うまでもありません。
勿論、無用なトラブルを避けたかったけんじゃけんど。他２名、むっとしてま
したが、ここは我慢我慢。Ｔさんのさっきの話は本当だな、と噛みしめたわけじ
ゃけど。仲間をなだめもってテーブルを移りました。
しばらくしたら、再び店員がきて注文を取り始めたわけですが、一種独特の
言い回しがあるんもう充分わかっとったんで、言葉を選びながら注文します。
わい 「えーっと、キリンとかアサヒありますか？」
店員 「いえ、オリオンしかないんですけど。」
わい 「ああそう。じゃオリオンにしようかね。生ビール３つと、あとね、豆
腐チャンプルーと、ラフチー（これはワザと言い換えた）御願いします。」
店員 「？（怪訝な表情になり）ラフティーですか。」
わい 「ん？ はい。ラフティーです。」
店員 「（当惑したような表情で）では、３点でいいですね。しばらくお待ち
ください。」
（店員さんには悪かったと思とります。わいは、３人で話しよるときは阿波弁で
しゃべって、店員さんには覚えたばっかりの沖縄なまりを少し交えてしゃべりま
した。
「はいさい」と話しかけられて当惑したときのＴさんの表情と、店員である彼
の表情が同なしもんやったんです。たぶん、阿波弁を早口でしゃべるわいやの会
話が十分聞き取れとらんかったもんと思います。ほれが証拠に何回も聞き返して
いました。ほなけんど、ほのくせときどきうちなー標準語になったりする。彼に
は奇異に聞こえただろなあ。）
オリオンビールを飲んで、突き出しの枝豆をかじりもって我々もひそひそ。
わい 「やっぱりやらぇたな。たぶんすぐぃわかるんちゃうで。よそもんて。」
Ｆ 「だろな。けど感じ悪いやっちゃな。」
わい 「まあ、がまんしよだ。わっしゃはよそもんじゃけん、しゃあないって。
国際通りのそばや行ったときもほぅやし、Ｔさんもいぃよったけど、た
ぶんわいやがいようこといっちょもわかっとれへんけんな、こてこてでし
ゃべったらちょっとびゃあ不都合なことゆうたっていけるって。わかれへ
んわ。」
まあ、おおよそわいやも本音の会話をしよったら、なんやら髭をはやした小太
りの親父他数名がどかどかと入ってきました。雰囲気のちゃうわいやを見て、じ
ろじろと見ながら奥の座敷にどすん。
ああ、予約入れとったんはあの親父一行か、と思いながらひそひそ話をしてい
ると、周囲の人間がその親父に話しかけます。するとその親父、なにやら急に不
機嫌になってなんやら怒っとるようです。最初何を言よんやらわからんかったん
やけど、どうやらさっきわいやがすわったほの席は、親父の特等席だったようで、
ほのことを同じシマの者が言うたけん、席を取られたと思て、機嫌が悪うんなっ
たんだろうなあ。
ほの大声で、店員がこそこそとわいのそばへ来て、肩をとんとん。
わい 「はい、なんですか。」
店員 「あの、注文のことですが、さっきのであってますかね。」
店員 「（目配せしながら）ちょっとこっちへ来て確認してくれませんか。」
わい 「え、ここでもできるでしょ？」
店員 「（店員、親父の方を一瞥し）奥で御願いできますか。」
わい 「（この時点で私もピンときて）はい、わかりました。」
席を立って、ほの親父一行から見えへんとこへ来たら、その店員曰わく、
「さっき奥の席で大きい声出していた人、知らない客が来るとああやっ
てすぐに絡むんですよ。挑発に乗らないでください。あの人あそこの席
にすわらないと機嫌が悪いんですよ。相手にしないでください。相手が
無反応だとすぐに静かになりますから。」
いや、まさかこんな事になるとは思とりまへんでした。知らん顔して席に戻ります。
Ｆ 「なにえ、注文がどうのこうのって。」
わい 「ちゃう、奥の親父ってすぐんからむけん相手すんなって。」
Ｆ 「なんな、ほんなんか。たっすい。」
店員 「あぁ、どこにでもおるわだあーゆーやつ。無視無視。」
親父はさっきからなんやらいがってます。けどわいにはようききとれませんでした。
しかし、平和通りで試そうとしたこと、つまり、地元の人がしゃべる言葉、これ
が今わいの耳に届いているのです。
「うりひゃー、ぬーひさまんが。くまんわったーしまやが。」
「っいゃ〜。ぬーそーんなや。ちこぃねーらんがや。くぬひゃー。」
（たぶんこんな感じです。）
しかし、いっこうに無反応の私達を見て、その親父、かなりトーンダウン。
周りの人間は、その親父が誰彼かまわず怒る様を見て楽しんどるんだろうか、
隣の席の人に肩をたたかれ、泡盛を勧められて、ぐい飲みに口を付けるやいなや、
とたんに静かになりました。
そうこうするうちに、注文の品が出てきたんですが、一口食べて驚きました。
これがほんまにうまいんです。
まず、チャンプルーですが、あまりの苦さに顔をしかめるゴーヤー。かなり噛
み続けないと、あの苦みが出てこない。そして、その味付けです。少なくとも、
黒砂糖（クルジャーター）と、古酒（クース）、そして味噌あるいは醤油を使っ
ているのはわかりました。そして、脂（アンダ）は胡麻？ 豚（ウヮー）だけで
はなさそうです。ラフティーも然り。
見た目の脂身の厚さとは裏腹に、適度に脂肪が抜けて絶妙のバランス。
とにかくそのうまかったこと。あとでわかったことですが、このほかにみりん
と昆布だしを使とることも知りました。
よう沖縄フリークのホームページで見かけることですが、チャンプルーを作っ
てみたけんど、沖縄で食べたもんと同し味が出えへん、ていうもんがあります。
ほれもほのはず、あれはクルジャーターとクースと沖縄味噌の味なんよ。ほれも
プロが作いよる。ほなけん、沖縄に比べて気温が低い本土で生産された調味料で
素人がなんぼ同し味を出そうとしても、ほれが出えへんのは当然。
そうこうするうちに、別のお客さんが来店。今度は背広を着た中年のおじさん
と、これまたスーツを着た同年代のおばさん。（といっては失礼かいな。どこぞ
の会社の同僚のようでした。）
ちょうどわいやとすぐとなりの席に座って注文の品を決めてます。ほんで、店
員に２、３点の品を注文した後、二人の会話が突然変化しました。
・・・・・。何言っているのかいっちょもわかれへん。
わずか２メートルの距離で、少し小声でしゃべいよるけど、いっちょもわかれ
へん。・・・。そう、これじゃ。これなんじゃ。わいが聞きたかったんは。ほな
けんど、どうにもぜんぜんわからん。国際通りで聞いたオバァの会話やかい比較
になれーへん。これが沖縄語か・・・。
仲間とのゆんたくなど上の空。わいの神経は、うちなーぐちでしゃべいよる隣
の二人に集中していました。
ほう、わいは本物のうちなーぐちを今聞っきょんです。いずれ消えゆく運命に
ある稀少言語かもしれへんけど、いま記憶にとどめておく価値はありそうです。
と、思いもって聞き耳を立よるうち、こっちの気配に気づいたんか、わいの方
をちらちら見たかと思たら、さらに声が小さくなり、ひそひそ、ぼそぼそ。おい
おい、ほれでは聞こえんでぇ〜、やて思いよったら、ご飯を食べ終わるやいなや、
すぐに帰ってしもう。ちっ。残念。
ほしたら突然、注文した覚えのないビールが数本、わいやのテーブルへ。頼ん
だ覚えがないのに店員さんにほのことを伝えたら、なんやらさっきの髭親父から
の進呈なんやって。これがわかれへんのよな。この気質が。まあ、しかしながら
するべきことはせなんだらと思て、あいさつをしてお礼を言うたことはいうまで
もありません。ほしたら親父、「いいからいいから。」と、遠くからにこにこ顔。
さっきまでなんやぷりぷりおこっとったのになあ。
どうもこのあたりが本土感覚とはちゃうとこなんよね。わいやメンバーの１名
が、親父にお酌をして、とりあえず機嫌取り・・・。旅先でのトラブルは御法度
やけんねえ。
でも沖縄料理って、こないうまかったん？ また新たな疑問を抱え、ほれとト
ラブルを避けるため長居は無用と考え、満腹の腹をさすりもって、店をあとにし
ました。タクシーに揺られながらもさらに一考。
さしあたって当面の問題は・・・。
沖縄語って、結局どんなことばなんだろか。ほして沖縄の文化。これを極める
までは、この旅、おわりそうにありませんわ。ハイ。
（終わり）
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